ティータイム

改めて、ちゃんとお茶をおいしく入れて優雅にティータイムを楽しむことは、今はあまりないけれど、たまにはそんなゆったりした時間を楽しむのも悪くはない。
そういったゆったりした時間を楽しみたいと思ったときに浮かんでくるのは、和菓子ではなくやはり洋菓子だ。
和菓子も好きだけれど、自分で食べるとなると、煎茶を入れて、まんじゅうを一口でごっくんと食べて、お茶で飲み込んでしまうイメージだ。
それでは、優雅でもなんでもなく、ただ甘いものを少し食べたいだけである。
もっと優雅に時間を楽しみたいならば、紅茶をちゃんと茶葉から入れて、目の前にケーキやスコーンを並べてゆっくり味わって食べたい。
ケーキを食べるなら、フォークがいるから、和菓子のように一口でなくなるということはない。あくまで私のイメージだ。
友達とお茶しましょう、と言ったときは、たいていケーキがつきものだ。ケーキもお茶する喫茶店で出てくるケーキはおいしいけれど、あまり洗練された感がなく、普段使いのケーキといった感じだ。
それでもテーブルを挟んで友人と向かい合い、ケーキを食べながらコーヒーや紅茶を飲んでだらだら時間を過ごすのは、やっぱり和菓子ではなく洋菓子じゃないと始まらない。
和菓子でもあんみつやみつまめを食べに行くときは、このティータイムに近いものがあるけれど、それでもなんとなく洋菓子と和菓子では時間の流れとかすごし方が違うような気がするのだ。
和菓子でも、茶道の世界ならば、一連の茶道の作法の世界にゆっくり浸り、その空間を楽しむこともできるが、この茶道の場では会話をすることはあまりない。
もしかして、歴史的に和菓子は、無言の世界で食べるものであって、洋菓子はフランスの貴族社会を勝手に連想しているが、おしゃべりをする場にあるものなのかもしれない。
そもそも洋菓子は洋とついているから外来のものであるが、人は無意識にその菓子のもつ役割や文化的背景を踏襲しているのかもしれないと思う。